333discs

憩いのひととき

●ニューヨークの街角から

「橋の見えるニューヨーク」

ギタリスト、ソングライターの塚本浩哉です。

「ニューヨークの街角」からということでこのコーナーに書かせてもらうことになりました。今回初めてということで、少し自己紹介をさせて下さい。

 

タイトルの通り、ニューヨークに住んでおり、今年でアメリカ生活12年目になります。渡米後ジャズ、南米音楽など様々な音楽をやってきましたが、ここ数年はアコースティックギターを主に用いながらシンプルな編成での新しいアコースティック音楽を開拓しているところです。またこの夏の終わりに、333DISCSより、アルバム「Heartland」がリリースされることになりました。9月にはそのリリースツアーで日本をまわります。

 

さて、ニューヨークと言えば、皆さんどんな情景を思い浮かべられるでしょうか。多くの人が頭に描かれたのは、おそらくビルの群れ、摩天楼ではないでしょうか。そしてそのビルの群れが凝縮して屹立しているのがマンハッタン島で、このマンハッタンが所謂NYC(ニューヨーク市)ということになります。この島の凝縮濃度はまず他に例を見ないと思います。周りが水で囲まれているため、その限られた面積の中にありとあらゆるものが詰め込まれている印象です。この地理条件がニューヨークを比例のない面白い町に導いた要因の一つと言えるのではないでしょうか。

 

そして今回紹介します写真は、マンハッタンから水を隔てて他の地区を繋ぐ橋の写真です。マンハッタンの西側はハドソンリバー、その対岸がニュージャージー州、それを繋ぐのがジョージワシントン橋。一方マンハッタンの東側はイーストリバーで、対岸はクイーンズ。そこにかかるのはブルックリン橋、クイーンズボロ橋などです。これらの橋は、相当古い上に交通量が半端でないため、建設物的な視点ではかなり心細いのですが、橋を遠くから眺める分には美しく、魅力的です。私はクイーンズに住んでいるのですが、橋と水の見える景色が好きで、時折岸辺まで来ることがあります。

 

ニューヨークの中心はマンハッタンですが、この中にいると基本的にビルに囲まれているため、なかなか全体像を掴むのことは難しいです。しかし水の近くまで来てみると、なるほどこういう風になっているのかと新たな発見があります。もし皆さんもニューヨークに来られ、買い物、美術館などを一通り満喫されたら、橋を渡って対岸からマンハッタンを眺めてみるのもきっといい気分転換になるのではないでしょうか。

 


塚本浩哉
京都生まれ、現在ニューヨーク在住のギタリスト/ソングライター
http://hiroyatsukamoto.com/




●パリの街角から

「私たちの貴婦人」

 

 

【パリのノートルダム寺院】

突然ですが、皆さまはノートル ダム寺院をご存じでしょうか。
ノートル ダム寺院と言えば、フランスのパリにあるノートル ダム寺院(Cathedrale Notre Dame de Paris)が有名です。
ちなみに、ノートル ダム(Notre Dame)とは、フランス語で私たちの(Notre)貴婦人(Dame)という意味であり、聖母マリアのことを指します。そしてまた、ノートル ダムと名付けられた寺院は、聖母マリアに 捧げられた寺院であることを示します。
また、ノートル ダムと名付けられた寺院が、ここパリだけでなく、フランス各地や世界中にもあることをご存じでしょうか。フランス国内では、リヨン(Lyon)やマルセイユ(Marseille)、シャルトル(Chartres)など、いくつもの街に建立されています。そしてそのどれもが、街のシンボルとでも言うべき立派な建物です。
ちなみに、私くしもいままでにいくつかのノートル ダム寺院を訪ねましたが、いずれも本当に素晴らしく、印象に残るものでした。その中でも、特に思い出深いのは以下の3つです。

 

1つめは、フランスの北部、ランス(Reims)の町にあるノートル ダム寺院。その正面外観は素晴らしく、眺めていたら、「人間とは本当に不思議な生き物だ。こんなに素晴らしいものを造り上げてしまうかと思えば、その一方で、互いにいがみ合ったり、奪いあったり、殺しあったりもする…」なんて思えて来ました。さらに、聖堂の内部、一番奥にあるシャガール作のステンド グラスは、本当に美しいブルー。このブルーを見るためだけにここを訪れる価値があると思ったほどです。

 

2つめは、フランスの東部、ストラスブール(Strasbourg)の街にあるノートル ダム寺院。その尖塔は高さ142メートル。天を突き刺すようにそびえ立つその姿は、見る者を圧倒します。そしてまた、その素晴らしさのあまり、何度も何度も見上げてしまいます。

 

そして3つめは、やはりパリのノートル ダム寺院。この街に住んで8年、いつもその近くに住んでいたこともあり、とても身近な存在です。世界的な観光名所ですのでいつも賑わっているのですが(訪れる人の数は、年間約1,000万人)、夕方の、少し人通りが少なくなった頃などは、荘厳でとてもいい感じです。

 

 

【セーヌ河の岸辺に立つノートルダム寺院(左)】

なお、ノートル ダム寺院の多くが、着工から竣工までに長い年月をかけて造られたもの。
ランスのノートル ダム寺院:1211年~1475年(264年間)ストラスブールのノートル ダム寺院:1176年~1439年(263年間)パリのノートル ダム寺院:1163年~1345年(182年間)
いまのような建設機械がなかった時代ですから、その建設にはいくつもの困難があったことと思います。しかしそれを乗り越え、100年、200年という時間をかけて造られたのかと思うと、それに携わった人々の情熱や、それを維持させた目には見えない力のようなものを感じずにはいられません。
今回は、ノートル ダム寺院について少しだけお話いたしました。

 

 

参考)Wikipedia

ランスのノートル ダム寺院
ストラスブールのノートル ダム寺院
パリのノートル ダム寺院

 

阿部桂太郎

1965年8月22日生まれ。新潟県小千谷市出身。2003年よりフランス、パリ在住。インターネットショップ「フルール ド クール」を営む。好きなことは、旅をすること、食べること、温泉に入ること。


 




●国立の街角から

「やぼろじ」

 

目の前が甲州街道だということをつい忘れてしまうぐらい、ゆったりした時間が流れている。幼い頃、夏休みに遊びに行った田舎のおばあちゃんちを思い出すような、そんな懐かしさを感じる場所「やぼろじ」。建築家の和久さん(WAKUWORKS)が、谷保の古い日本家屋を改装して何か始めるらしい、という話を聞いたのは2年ほど前だったろうか。ほとんど活用されていなかった320坪の土地と建物が改修され昨年春、カフェ・工房・オフィスなどが共存する地域コミュニティとして蘇った。以来、地域の人々に開かれた場所としてにぎわいを見せている。ときにはライブ、野菜のマーケット、ガーデンパーティーといったイベントが開催されることも。

 

今年4月にオープンした「やま森カフェ」では、旬の食材を使った家庭的なごはん“母めし”をいただくことができる。日替わりの定食には少しずついろんな種類の野菜が使われ、見た目も楽しくお腹いっぱいになって大満足。(写真はある暑い日の定食。じゃがいもと豚のコロッケが絶品!)JR南武線谷保駅から徒歩5分ぐらい。9月2日(日)には5回目となるガーデンパーティーが行われるそう。誰でも気軽に遊びに行けるイベントなので、ぜひこの機会に訪れてみてほしい。http://www.yabology.com/

 

 

 

葉田いづみ
グラフィック・デザイナー。主に書籍のデザインを手がける。静岡県出身。2009年より国立に暮らす。




●西荻の街角から〜トウキョウエコノミー

 

「DON’T READ THIS TEXT(広告的文章)」
文責:三品輝起

こんにちは、みなさまお元気でしょうか。ぼくはすっかり夏バテでお腹をくだしながらも、案の定、いろいろ取材してきてはパチパチとキーを叩いて記事に変換しています。ヒカリエ、蔦屋書店、ソラマチ、おもはらの森、代々木ビレッジ、タニタ食堂、ダイバーシティ……まだまだあったはず。
のまどわーかーのためのくりえいてぃぶすぺーすをしぇあしてみませんか? とか、ろはすでさすてぃなぶるなおとなのあそびばがつくりたかったんだよねえ、とか、ほんやのさいしんけいおとなぶんかのさいごのがじょう(本屋の最新形・大人文化の最後の牙城……書いててはずかしい)とか、いろんな言葉がぼくの夏を通り過ぎていって、すばらしいんだけど、どれもこれも「出会った瞬間から別れの予感」みたいな趣がある。
でもしかたない。ぼくのように仕事で「東京らしい消費文化」に焦点を当ててずーと観察してると、世の中はあの手この手で新しい価値を生みだそうと躍起だ。「新しくあれ」という号令からは逃れられない。重要なポイントだから忘れないでほしいのは、そこでは「古くてもいいじゃない」「ほどほどでいいじゃない」「普通でいいじゃない」という価値も、立派な新しい価値なのだ。それがいやなら黙して山寺にでも籠るしかない。気が遠くなるくらい根は深い。

 

去年、立派なグローバル企業の代名詞、パダゴニアの「DON’T BUY THIS JACKET」っていう広告が、クリスマス商戦まっさかりのニューヨークに登場した。たぶん要約すると「みんな偽善というかもしれないけど、クリスマスに浮かれてないで地球のために慎重に物を選び、消費をおさえよう」てな内容だ。日本でも「これ広告なの?何なの?」と話題になった。ふーんと思ったぼくも広告についてちびちび考えてきた。
名著、北田暁大『広告都市・東京(その誕生と死)』の復刊と、いまの東京の開発をからめた記事を書いたりもした。本書は、つぶやきも顔本もアマゾンのデータベース広告も全面化されてなかった10年以上前に執筆されたものだけど、消費社会の伴走者である広告というものの本質にせまっている。以下、要約をぼくの書いた記事から引用(長くてすいません)。
「『差異を作りだすためには、手段を選ばない』広告は、あらゆるメディアに寄生することで存在する。資本主義が成熟し、空間的な差異や、技術的な差異がかつてほど利益を生みださなくなってくると、広告はイメージの差異を作りだす。そして、つねにその社会における『脱文脈的』なふるまいをすることで目を引き、消費を高めていく。そうやって増殖したイメージによる記号が、充満し、資本主義を駆動していく社会を、社会学では『消費社会』と呼んでいる。(……)広告はあらゆるメディアに寄生し、姿を変えていくなかで、自身の『いかがわしさ』を認識し、ついには隠しはじめる。人々が、広告であることを忘れるほど巧妙に。それが実現されたのが、80年代のセゾングループによる渋谷の開発だった。つまり広告は都市をまるごとメディアに選び、寄生したのだ。氏は90年ごろまでの渋谷を『広告都市』と名づけ分析する。そして我々は、その『広告都市』が死んだ『ポスト80年代』に生きている」(某誌・2012年3月19日掲載)

……以上(長くてすいません)。よくよく申し上げておきたいのは、この議論において、広告の中身が善意であるとか悪意であるとかは関係ないということだ(ちがう次元ではとても重要だけど)。もっといえば広告と商業は本質的にはイコールですらなく、広告はイメージの差異と、人々の目をひく「脱文脈的」なふるまいにだけに忠誠を誓っているということである。

 

広告が都市に憑依して、いつしか廃れ、姿をくらましてから世界は20年たってる。東京でいえば、バブル後の再開発ラッシュにでてきた、セゾングループの哲学を引き継ぎアートやデザインといったものをうまく担保にしたヒルズ、ミッドタウン、丸ビルといった文化系商業施設。もう一方に、ショッピングモールに江戸だの昭和30年代だの自閉したコンセプトをくっつけた劇場型商業施設、という流れがあった。でも、いまやすっかり文脈的だ。「脱文脈的」な広告はつねに進化しつづけてるんだとすれば、どこにいっちゃったんだろう?
北田氏は増補された文章のなかで、ポスト80年代の広告として、目に見えないフェロモンのように拡散していくイメージを提出している(話は戻るが「このジャケットを買わないでください」というパタゴニアの気高い広告は、「目に見える」点では実にオールドスクールなものだが、広告に反する広告、いまであれば消費を抑制する投資というものが、もっとも広告の脱文脈的なふるまいであることも見逃せない)。

 

ここから先は勝手な憶測にすぎないけど、広告がフェロモンとか匂いみたいに広がってるとすれば、目の前にあるもの、目には見えないもの、美しいと思う感性や、正しいと信じてる思想、未来の夢や、過去の記憶、自分自身のものだと疑わない身体やふるまいに至る、あらゆるものをメディアに見立てたとしてもおかしくない。『インセプション』みたいだけど。
じゃあSNSはどうだろう。「拡散希望!」や「いいね!」といった楽しいシステムが、セルフプロデュースなのかマーケティングなのか虚空に向けらたものなのか本人にも判別できない新たな言葉を用意して、徐々に人々の自意識の形や思考やふるまいを変えているかもしれない。それは未来から見れば「広告的人間」のスタートラインを意味してる可能性だってある。しつこいようだけど広告が良い悪いの話じゃない。ともあれそれらを明らかにするのは、ずっと後の世代の仕事になる。
きっと80年代に渋谷を闊歩したかつての若者と同じように、いまを謳歌するべきなのだろう。それでも。すべての人やモノの間でイメージの差異化が自動発生する条件から、どうやっても逃れられないんだろうか。ぼくは本書から一握りの希望を受けとった気がしたけど、のまどわーかーのためのくりえいてぃぶすぺーすをしぇあしませんか、って何の話だったっけ、とか騒いで日々過ごしてるうちに忘れてしまった。この文章は、だれの文章なのか。

 

三品輝起

79年生まれ、愛媛県出身。西荻窪にて器や雑貨の店「FALL (フォール)」を経営。また経済誌、その他でライターもしている。音楽活動ではアルバム『LONG DAY』(Loule)を発表。ただいま冬のリリースに向け、アルバム製作中。




●乙女歌謡

こんにちは。甲斐みのりです。333pressの乙女歌謡コーナーでは、日本語の歌に限らず、私が10代の頃に夢中になっていた歌をご紹介いたします。

普段は愛らしいボーカル、メロディー、歌詞の歌をご紹介することが多い中、今回は少し趣が異なります。はじめてこの歌を耳にしたのは、10代もあと少しで終わりを迎える頃だったでしょうか。中古レコード屋で流れてきた、演奏や女性の歌声に大きく心を揺り動かされ、めったに話しかけることのない店員さんに曲目を尋ねたほど。けれども結局、レコードが思いのほか高価で、メモだけを持って帰りました。それからその歌と再会し、CDが自分の元にやってきたのは数年が過ぎたあと。今はインターネットやYou tubeでほしいCDや聴いてみたい音楽をすぐに検索も購入もできるけれど、当時はまだ、好きな音楽はレコード屋に通い必死に掘り出していた時代でした。

 

その歌というのが、74年に発表された、アルバム『SLAPP HAPPY』に収録されているSlapp Happyの「Casablanca Moon」。Slapp Happyは、イギリス人のアンソニー・ムーア、アメリカ人のピーター・ブレグバド、ドイツ人のダグマー・クラウゼと、国籍の異なる3人編成のアヴァン・ポップ・グループ。タンゴのリズム、切なげなピアノとバイオリン。ダグマー・クラウゼの可憐で意思の通った歌声。深い夜の森に差し込む光のような情緒と妖艶さに引き込まれ、夜がくるたび繰り返し聴いていました。昔は今よりも音楽に夢中で、「これは夜に似合う音楽」と音楽ごと聴く時間を変えていたりしたのですが、「Casablanca Moon」はタイトルからというだけでなく、人の闇の部分を美しく映し出しているような気がして、“夜の音楽”に選り分けていたのです。この「Casablanca Moon」が発表される前年に発表されるはずで、しかし前衛的という理由で発売中止になったアルバム『Acnalbasac Noom』にも、「Casablanca Moon」の別バーションが収録されています。

 

まだ京都に住んでいた2000年、京大の西部講堂でSlapp Happyのライブを聴くことができたのですが、ダグマー・クラウゼが歌う「Casablanca Moon」をすぐそばで感じたとき、嬉しいような切ないような言葉にできない感慨を覚え、涙がこぼれてきました。 今でも月が綺麗な夜には、Slapp Happyが聴きたくなります。

 

 

甲斐みのり

文筆家。1976年静岡生まれ。旅・お菓子・各地の食材・クラシックホテルや文化財の温泉宿などを主な題材に、女性が憧れ好むものについて書き綴る。http://www.loule.net/

 




●おやこでおでかけ

【夏のお守り】

わんぱくな子どもたちはどこにいてもよく走り、よく転ぶもの。ちょっとした傷は日常茶飯事ですが、暑い季節は生足を出していることが多いので、膝の擦り傷なんかが特に増えますよね。さらにその子どものおいしそうな足を狙ってすかさずやってくるのが憎き蚊たち。本当に憎い!

夏のお守りとして、私はチューブ型の消毒薬(マキロンS軟膏)とミニ虫刺され薬(ポケムヒ)、スリムボトルに入れた虫除けスプレーを持ち歩いています。些細なかすり傷で大げさに泣いた時にも、軟膏をぱっと塗って絆創膏をばしっと貼ればプラシーボ効果もあったりして…。アイテム自体は普通の常備薬ですが、小さなポーチにも収まるサイズがちょうどよく、邪魔にならないのが気に入っています。

 

 

岩崎一絵
当ウェブマガジン編集担当。北海道出身。3歳児の育児奮闘中。




●パリの街角から

「この街」


パリの5区、長女が通う幼稚園の近くに、小さな本屋さんがあります。2つの通りの角に立つその本屋さんには、2つの通りに面して大きなショーウィンドウがあり、たくさんの本が並べられています。僕は毎朝、長女を幼稚園まで送った後に、そのショーウィンドウを覘くことを楽しみにしています。この本屋さんは、パリに関する本に力を入れていらっしゃるのか、様々な本が並んでいます。パリに関する小説やエッセイ、絵本に画集、写真集など、僕が思っている以上にたくさんの本があるようです。またその中には、色鮮やかな表紙や美しい挿し絵を見ただけで、衝動買いしたくなるような本もあります。

 

一方、我が家にも、パリに関する本があります。子ども達の本棚にある絵本や、図書館から借りてきた本、僕の本棚にあるパリの古地図に関する本など。そのどれもが美しい色使いであり、また、パリの街が優しく描かれていて、何度も手に取っては眺めています。

 

そして、本屋さんのショーウィンドウを覘いている時も、また、自宅で本を眺めている時も、いま、自分が住んでいるこの街の、身近な場所について書かれているのを読んだり(フランス語はほとんど読めませんが…)、身近な風景が描かれているのを見たりすると、何故だか、とても嬉しくなります。

 

さらに、これらの本を読んだり見たりした後に街へ出ると、より一層、この街が素敵に見えてきます。

 

外国人が生きていく上では、不便なことも、不条理なことも、思い通りにならないこともたくさんあるこの街ですが、そのすべてを含めても、プラスマイナスでプラスになるように、いまの僕は感じています。

 

アメリカの小説家アーネスト ヘミングウェイは、若き日の数年間をこの街で過ごし、後年、友人にこんな言葉を残しています。「君が幸運にも青年時代にパリに住んだとしたら、パリは一生君についてまわる。何故ならパリは移動祝祭日だからだ。」…と。

 

あいにく僕は、すでに青年とは言い難い年齢ですが、何となく、そしてほんの少しだけ、ヘミングウェイの言葉が解るような気がします。そしてまた、先に掲げたパリに関する本の作者たちも、その思い入れの強い弱いはあるにせよ、きっと皆、同じような気持ちなのではないかと、僕は思います。

 

今回は、フランス、パリに対する、いまの僕の気持ちを、少しだけお話いたしました。

 

 

阿部桂太郎

1965年8月22日生まれ。新潟県小千谷市出身。2003年よりフランス、パリ在住。インターネットショップ「フルール ド クール」を営む。好きなことは、旅をすること、食べること、温泉に入ること。

 




●国立の街角から

「old cafe ときの木」


チェーン系ではない良質の喫茶店がいくつかある街は素敵な街だと思う。国立にも、以前このコーナーで紹介したロージナ茶房をはじめ、書簡集、ぶん、ひょうたん島…などなど、それぞれオーナーの個性が表れた店が少なからず存在する。どれも「カフェ」というより「喫茶店」という言葉がしっくりくるような雰囲気だ。(かつてロージナ茶房の隣に、コーヒー好きの人々に愛された「邪宗門」があったのだが、4年ほど前に惜しまれつつ閉店してしまった。)

 

昨年、新たに「ときの木」という喫茶店がオープンしたことを友人のツイートで知った。聞いてみると駅から斜めに伸びる商店街を、歩いて数分の便利な場所。ワクワクしながら早速行ってみた。

 

店名にcafeと入っているが、どちらかと言えば「喫茶店」と言いたいような、濃い色の木が使われたシックな内装。出されたコーヒーも、接客も全てに丁寧さが感じられる。初めて訪れたとは思えないぐらい落ち着くのに、かすかに緊張感も漂ってそれがまた心地よい。若いオーナー夫婦は、吉祥寺のある有名な喫茶店で働いていたという話を友人から聞き、なるほどと納得した。オープンから一年たっていないとは思えないほど国立に馴染んでいる。静かに、長く続いて欲しいと思う。

 

葉田いづみ
グラフィック・デザイナー。主に書籍のデザインを手がける。静岡県出身。2009年より国立に暮らす。




●西荻の街角から〜トウキョウエコノミー

「ケインズの末裔たちのパーリィ」

文責:三品輝起


公園のベンチなんかでムリして読書をしてると、文字にちらちら若葉やカップルたちの影が映って、どこを読んでたのか、なにが書かれていたのか忘れてしまうのも、いとをかし。というわけで、新緑の季節がきましたねー。このコーナーってエコノミーとなんも関係ないじゃん、と指摘されつづけているので、今日は最近読んでおもしろかった新刊の経済本をいくつか。

 

・1月にでた、小野善康『成熟社会の経済学(長期不況をどう克服するか)』(岩波新書)

・2月にでた、ジョセフ・ヒース『資本主義が嫌いな人のための経済学』(NTT出版)

・3月にでた、J・M・ケインズ『雇用、利子、お金の一般理論』(講談社学術文庫)

 

 

まず『雇用、利子、お金の一般理論』。高校のときに「政経」を専攻してた人なら苦労して暗記させられたであろう「こよう・りし・かへいのいっぱんりろん」の新訳である(やっとちゃんと読みました)。ここで要約版が読める。

それまでの古典派経済学を誰よりも深く学び、理解し、70年前のある日「レッセフェール」という神聖なる公理にたいして、たった一人で全面戦争をしかけた男がケインズだ。いまでこそボロクソいわれて悪名高い『一般理論』だが、「社会には構造的に需要不足が存在し、それが失業を生む、よって公共事業と金融緩和で通貨の供給を行うべきだ」という(革命的な、でも現代人からするとなんてことない)訴えを、世界ではじめて理論として打ちたてた一冊。学説的には多くが止揚されているけど、当時の経済学界の権威たちを敵にまわし、己だけを信じて戦う姿には感動しますよ。結果、世界を変えたわけだから。

 

『成熟社会の経済学(長期不況をどう克服するか)』の著者は、社会の総需要不足に焦点を当てているという意味では、現代のケインジアンといってもいいだろう(菅元首相のブレーンだったことでも有名だけど)。もちろん、オールド・ケインジアンが唱えるいわゆる「バラマキ」とは異なる公共事業を提案をしている。観光、少子高齢化、災害、環境などなど。金融政策には懐疑的みたい。

ご存知ない方にいっておくと、経済学にはあらゆる学派があって、毎日ケンケンゴウゴウやってる。本書の有効需要政策というのはどちらかというと肩身のせまい派閥に入る。なんせ税金をしっかり使うから。よって賛否はいろいろあるんだけど、<供給不足(ほしいものだらけで貯蓄=投資が不足)の「発展途上社会」>から<需要不足(あまりほしいものがなく蓄財に走り、消費が不足)の「成熟社会」>へ、という状況認識はユニークだし一回くらい読んでみても損はないと思う。

 

 

最後は『資本主義が嫌いな人のための経済学』。資本主義の恩恵に浴してない人(例えばお金の神様に見放されているワタクシのような人)は、まあ、多かれ少なかれ資本主義に不満がある。

友人知人にいろいろ聞いてみると、「なんだかわからんが、このシステム大丈夫なんやろかー」という模糊たる不安に包まれてる人、「給料もっとくれー、職をくれー」みたいな切実な要望をもつ人、所得の分配や資産の分布が偏ってることに疑問をもつ人、ワタミ会長やジャパネットたかた社長がなーんかイヤって人(おれ好きです、顔が)、なかにはお金(の増殖=利子)を諸悪の根源だと断罪する人、もっと過激な人だっている。

 

みなさまの愚痴はさておき……このカナダ人哲学者は、歴史的にでそろった感のある保守から革新、リバタリアンからリベラルまでの、あらゆる主義主張を検討し、経済学の最新の成果をまじえつつバランスをとっていく(ちなみにケインズには一定の評価をあたえてる)。前半では右派の「いい過ぎ」を、後半では左派の「いい過ぎ」を正すような構成になっている。よって結論はスッキリしないんだけど、現実ってのはそういうもんですよね(ねっ? みつを先生)。大人の議論、オススメです。

 

ではでは新緑の公園で(もしくはワタクシのお店で)お会いしましょう、アジュー!

 

 

三品輝起(みしなてるおき)

79年生まれ、愛媛県出身。05年より西荻窪にて器と雑貨の店FALL (フォール)を経営。また経済誌、その他でライター業もしている。音楽活動では『PENGUIN CAFE ORCHESTRA -tribute-』(commmons × 333DISCS) などに参加。2011年7月、アルバム『LONG DAY』(Loule)を発表。

 




●乙女歌謡

こんにちは。甲斐みのりです。333pressの乙女歌謡コーナーでは、日本語の歌に限らず、私が10代の頃に夢中になっていた、愛らしい歌をご紹介していこうと思います。

 

これまでは、LIO、ANTENA、marie laforet、virginia astley、Margo Guryanと愛らしくも芯の通った女性ボーカルの歌をご紹介してきました。学生時代は大阪のレコードショップが主宰する「女性ボーカル友の会」というサークルに入っていたり時間さえあれば、女性ボーカルばかりのミックステープをつくっていたことを思い出します。

 

そんな中、手にとったのが、クレプスキュールレーベルのコンピレーションアルバムに参加したのち、細野晴臣さんが創設したノンスタンダード・レーベルよりリリースされたグレゴリ・チェルキンスキー、パスカル・ボレルというフランス人の男女ふたり組ユニット、MIKADOのレコード。アルバム『MIKADO』が発売されたのが1985年で、私が最初にであったのは大学1年生だった1995年のことなので10年も後追い。けれども、ささやくようなパスカルの歌声と、機械的だけれどきらきら輝く音はそれまで聴いたことのない、新しくておしゃれでときめきを覚える音楽でした。さらにあの日から15年。リリースから25年を経ていたとしてもやっぱり私には、レコードのジャケット写真のように淡いピンクと水色の色褪せることのない色彩を耳元に届けてくれるのです。

 

そんなMIKADOの代表曲「冬のノフラージュ」を日本語でカバーしたのが森尾由美さん。「イマージュ」というタイトルで、作詞家・詩人・エッセイストとして活躍した安井かずみさんが日本語の歌詞をつけています。安井さんは「ズズ」という彼女の愛称と同じタイトルのアルバムも出している方。加賀まりこさんや、かまやつひろしさん、吉田拓郎さんなど、当時最先端を歩いていた著名な方々と交流を持ち、フォーク・クルセダーズやサディスティック・ミカ・バンドで知られる、ミュージシャンの加藤和彦さんと結婚しました。沢田研二さんや西城秀樹さんをはじめ、誰もが知っている数々の日本の名歌謡曲を書いています。

 

「乙女歌謡」という視点で代表をあげると、竹内まりやさんの「不思議なピーチパイ」や、ナンシー・シナトラの「Like I DO」の訳詞で、ザ・ピーナッツが歌った「レモンのキッス」なども手がけています。レモンティー、ミルフィーユ、ひとりごと、子猫、読みかけの本、そして「お嫁にゆくイメージ」という言葉の数々。

 

CDやレコードでなかなか探しにくい曲なので、5月27日(日)「東京蚤の市」での乙女歌謡イベントにて、聴いていただくことができればと思っています。ご興味のある方がいらっしゃいましたら、ぜひお待ちしております。

 

甲斐みのり

文筆家。1976年静岡生まれ。旅・お菓子・各地の食材・クラシックホテルや文化財の温泉宿などを主な題材に、女性が憧れ好むものについて書き綴る。http://www.loule.net/

 




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